フグとレミーマルタンの家

強烈な思い出となっている住宅があります。
K邸のおはなし。


20年以上前になります、まだ私が若々しかった頃・・・

日頃おいしいものが手に入ると、ゴチに呼んでくれるKさんがいました。

マンション暮らしをしていたKさん、ある日突然
『家を建てる、土地を探してくれ』


貧乏設計士に、グルメを堪能させてくれるKさんの頼みです。

本業ほったらかして、土地探しを続ける毎日・・・・・

ようやく土地が見つかり、売買契約をしたのが10月の始めでした。


『11月末には引越ししたい!』平然として発せられた言葉でした!


『2ヶ月無いのよ〜』心の中で私は叫びました!!!

しかし、Kさんの性格を知り尽くしている私は
『何とかするしか無いんじゃない〜』
と開き直りにも似た心境でした。


プランニングのポイントは40畳以上のリビングルームをどう作るかです。


工期も常識外の短さ

ここで役に立ったのが、6年間工業化住宅(プレファブ工法)の開発をやっていた頃の様々なノウハウでした。


主要構造部は鉄骨造のラーメン構造にする。

床・壁はツーバイフォー工法のように木造のパネル式にする

外壁はALC版を使用し、外壁工事の工程数を減らす。


以上3つが工期短縮を図る骨の部分となりました。


徹夜の連続でプランニングを終わらせ、設計図をまとめるのと同時に構造計算を構造設計屋さんに外注。


設計図をまとめてすぐに、建築確認申請提出。


建築確認の手続きには実日数で3週間かかります。
(実際には、超特急で確認を降ろしてもらいました、
 ・・・・・・・・持つべき者は役所の友達!!)

その間に、各業者との打ち合わせ。


今では「オープンシステム」とか「直営分離発注方式」とか呼ばれて、認知されていますが、この方法で工事を行ったのです。

つまり、工務店に一括請け負ってもらうのではなく、
建主が直接、各業者に発注し、設計監理者である私が工事を監理する、という方式です。

この方法は、工務店による「現場経費」がかからないので、総工事費が安く済むのと同時に、各業者と直接打ち合わせを行い、工程を調節できる分、工期も短くなります。
ただし、建主が直接業者と契約し、支払いをしますので、原則的には、資金は現金でないと難しいです。


確認申請が降りるまでの期間に、床・壁のパネル製作と鉄骨の加工を終わらせます。


申請が降りたのが、11月の始めでした、もう1ヶ月を切っていました。

基礎工事に着手し、鉄骨組立後、屋根工事・外壁工事と並行して床・壁パネルの組立工事とドンドン工事を進めていきます。


一日の工事の進み具合がものすごく早く、時々見に行っていたのでは、間に合いません。

現場の向かいの空き地を借りて、プレファブ事務所を建て、そこで施工図を書いては、大工さんと打ち合わせ、という毎日が続きました。


明日は引越しという11月の29日です、
内装工事が徹夜で行われました。


何とか、終わったのが、午前3時

つきっきりだったKさんが『皆んなご苦労さん!今、出前とったから!』


待つこと20分
届いた出前は、タクシーによって届けられました。
タクシーから降りてきたのは

「河豚の刺身とから揚げ」それに数本の「レミーマルタン」


格別なおいしさでした!!


その後、その住まいは転売され、Kさんもあの世へ行ってしまいました。
今、その住まいには、とある著名な弁護士が住まわれています。
posted by イソップ at 07:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 住まいの履歴書

原価5,000万の家

100棟近い住宅の設計をして来ましたが、一番思い出に残るのがM邸です。

付き合いのあった小さなハウスビルダーの社長Mさんが、自宅を建替えるということで、相談されました。10年ほど前です。


当時のMさんの会社は、地域密着型営業で、コンスタントに住宅受注を図り、大変調子が良かったのです。


これ幸いと、普段はなかなか出来ないことを設計に盛り込みました。

55坪ぐらいの住宅でしたが、どんどん建築費が膨らんでいきました。


最終的には、工事の原価ベースで、5,000万円を超えてしまいました。
普通に建てたら、7,000万円ぐらいでしょうか。


工期がおよそ5ヶ月と通常の倍近くかかりました。

中でも、8畳の和室には時間とお金がかかりました。

和室だけで材料費1,000万円近くになり、大工さんは和室の工事を終えるのに1ヶ月かかっていました。


驚いたのは、丁寧に作られた和室の完成度です。

L型の広縁が付いた和室ですので、床の間以外の3面は開口部です。
障子が合計11枚入りました。

その11枚の障子の寸法が、すべてまったく同じだったことです。


通常は、施行誤差がありますので、障子の割付をすると、各面で微妙に寸法が違うものですが、まったく同じ寸法に割付されました。

建具屋さんもビックリの事でした。



この住宅の最大のテーマは
『和室でくつろぎながら、庭を眺めて酒を飲む』
でしたので、和室と庭に時間と費用がかけられました。

庭は別に1,500万円ぐらいかかったそうです。
(造園はMさんが直接庭師と相談しながら造っていました)



仕上がりは満足のいくもので、設計者としての満足感も充分にある住まいでした。

普段は、設計者としては必ず満足の出来ないものが残るものです。



こうして、完成しておよそ2年が経ち、
Mさんの会社は経営破たんに陥りました。


自慢の住まいは「差押・競売」と、こういう時の手続きは極めて事務的に進みます。

二度と中へ入ることの出来ない住宅となってしまいました。



それから、半年ほど経ったある日、付き合いのある不動産屋さんから電話がありました。


「住宅金融公庫の中古住宅融資の物件調査を頼みます」ということでした。

当時私は、住宅金融公庫の登録設計事務所として、中古住宅調査の仕事もしていましたので、「毎度さんです、ところで物件はどんな物件?」


「ありゃ! これは、M邸ではないですか!」


M邸は、奇妙な縁で、知り合いの不動産屋さんが落札して、新たな住まいのご主人様を見つけてくれたのです。


奇しくも、再度M邸の中に入ることが出来「これが見納めだな〜」と
例の8畳の和室に座り込み、調査をすることも忘れて、しばし庭を眺めていました。

広縁に使ったイチイ(オンコ松)の巾木は、狂いもなく相変わらずピシっと納まっていました。


Mさんは、今どうしているのでしょう?



追記

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posted by イソップ at 21:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 住まいの履歴書

ブロック造の住宅

これまでに私が設計した住宅について、当時を思い出しながら
時々、エピソードをまじえて書いていこうと思っています。
今日は第1回目、最初の1棟目です。


最初の1棟目は25年ぐらい前になります。

ブロック造の住宅です。プランニングに3ヶ月ぐらいかかりました。
最初に、車庫を組み込んだ、スキップフロアの住宅にしてみましたが、将来的なことを考え、フロアレベルはどこまでもフラットにということに落ち着きました。

アンダーカットされたドアが付いた各室の入り口、当時としては珍しいバリアフリーです。
セントラルヒーティングもまだ珍しい頃でした。


リビング・ダイニングというパブリックスペースを大きくとり、いつでも誰かがリビングにいて、何かをしている。

テレビを見ている人・パソコンをいじっている人・家計簿を付けている人
それぞれが、それぞれのしたいことを自由に出来て、尚且つ家族がそろっているという・・・・お互いが適度に干渉しながら、お互いの事を大事にできる
リビング空間というものを、作ってみたいと思いました。


外部空間とのつながり、というのもひとつのテーマとなりました。
3面を道路に囲まれた、奥行きの狭い土地で、如何に道路を意識せずに、自然と一体となった住まいを実現できるか・・・・。

長めに配置された母屋と車庫、母屋を取り巻くように三方に小さな庭を配置しました。

車庫から玄関までのアプローチは、石畳を敷いたゆるやかな傾斜路です。
左右には植え込みがあり、3メートル先に道路があるとは感じさせません。


この住宅を設計する前は、東京である人の弟子になっていました。
プランニングする機会が何度かあったのですが、なかなか納得のいくプランができません。


「味のあるプラン」を目差していたのですが、出来ません。

「味のあるプラン」とは、間取りを見ただけで、生活のシーンが浮かび上がってくるようなプランです。


居間が12畳あって和室が6畳で・・・・といった、機械的に作られるプランではありません。

何かワクワクするような、早くこの家に住みたい!と思わせるようなプランです。


師匠の下を去って、初めて自分が全責任を持つ住宅です。
結構、熱が入りました。


凡そ4ヶ月の工事期間の後、味のあるプランの住まいは完成しました。


ところが
完成した翌々年の雪融けの頃ですね、スノーダクト屋根の欠点が露呈しました。
そうです、すが漏りです。


何をしても直らず、結局2年後に屋根板金を葺き替えました。
葺き替えたらピタッと止まるんですね〜


もう25年になりますが、あまりリフォームはやってません。
これまでのリフォーム歴は
外部塗装が3回、内装の全面張替は1回、あとは、台所と浴室の混合水栓を換えたぐらいでしょうか。

そんな記念すべき第1作目の住まいですが、廻りの環境がずいぶん変わりました。

当時はまだ数えるほどしか住宅は建っていなかったのですが、いつのまにか、老人世帯の多い、住宅地となってしまいました。
玄関側の道路はバス通りとなってしまい、車庫入れが毎日大変です。

電動シャッターにしたいな〜と思う今日この頃です。

えっ!誰の家?
私の住まいです!!


追記

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posted by イソップ at 21:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 住まいの履歴書
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